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前橋地方裁判所 昭和44年(わ)432号 判決 1970年5月14日

被告人 東邦亜鉛株式会社 外二名

主文

被告会社を罰金二〇万円に、被告人村上鬼作を懲役八月に、被告人児玉伊智朗を懲役六月に、それぞれ処する。この裁判確定の日から被告人村上鬼作、同児玉伊智朗に対していずれも三年間、それぞれの刑の執行を猶予する

理由

(罪となるべき事実)

被告会社は群馬県安中市中宿一、四四三番地に同社対州鉱山付属安中製錬所を有する鉱業権者、被告人村上鬼作はもと右製錬所所長であつて被告会社の鉱業代理人の地位にあつたもの、被告人児玉伊智朗はもと右製錬所副所長であつて右製錬所の事務を統轄する被告会社の従業員たる地位にあつたものであるが、村上、児玉は共謀のうえ、被告会社の業務に関し、

第一、その工事計画につきあらかじめ東京鉱山保安監督部長の認可をうけないで、昭和四二年一〇月頃から同四三年一〇月頃までの間、右製錬所内に、電気亜鉛製造のため亜鉛電解槽八系列・五七六槽、亜鉛華製造のため焼結機一基、電気炉三基、FBWS一基、サイクロン一基、コツトレル一基、TCA一基の各施設を増設する工事に着手し、もつて製錬場ならびにこれに附属する鉱さいおよび沈でん物のたい積場の施設を設置する工事をし、

第二、前記各施設の増設が完了したのに、東京鉱山保安監督部長の行なう所定の検査をうけないで、昭和四三年四月初め頃から同四四年六月末頃までの間、前記製錬所内において、右各施設を運転操業して使用し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告会社および被告人両名の判示第一の所為は包括して鉱山保安法五八条・五六条二号・八条一項、金属鉱山等保安規則五二条一項八号・刑法六〇条に、同第二の所為は包括して鉱山保安法五八条・五六条二号・九条・金属鉱山等保安規則五六条・五二条一項八号・刑法六〇条にそれぞれ該当するところ、被告会社については、以上は同法四五条前段の併合罪なので同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告会社を罰金二〇万円に処することとし、被告人両名については、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文・一〇条によりいずれも犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした各刑期の範囲内で被告人村上を懲役八月に、被告人児玉を懲役六月に処することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間それぞれ右刑の執行を猶予することとする。

ところで鉱山保安法は鉱山労働者に対する危害防止とともに鉱害防止をその目的とするものであるが同法八条・九条が、施設の設置・変更に関して監督官庁の認可・検査を要求しているのはまさしく右の鉱害防止の目的実現のために外ならない。従つて被告人らの本件行為は、単なる行政手続違背につきるものではなく、鉱害発生の危険をはらむものとして高度の違法性をもつというべきものである。殊に被告会社安中製錬所の鉱煙、排水をめぐつて、かねてから近隣住民の間に大気・土壌汚染が農作物ないし、人体に及ぼす被害についての危険感が存し重大な社会問題となつていたのであるから、右事情を知悉していた被告人らが敢えてこれを無視し、無認可のまま設備を増設し、その操業を継続したことは強く非難されて然るべきである。しかも被告会社が本件増設設備を運転操業した期間は、昭和四三年四月以来一年三ヵ月の長期にわたつており、その間被告会社安中製錬所に対しては、昭和四四年三月三一日東京鉱山保安監督部長より、増設設備使用停止の警告文書が発せられ、被告人らは同年四月五日に右文書を受理したにもかかわらず、これを無視して同年六月末頃まで操業を強行し、また同年四月一九日から同月二二日まで東京鉱山保安監督部が右製錬所の立入検査をした際は、増設施設の操業を停止して無検査操業の事実を秘する手段を弄するなど、その行為は極めて悪質といわなければならない。このように被告会社および被告人らが専ら会社の利益のみを考えて生産の維持・増大を図り、敢えて法を無視し本件違反に及んだことは強く責められるべきである。

然しながら、被告人村上、同児玉はたまたま本件当時被告会社の増産計画に従つて本件計画を遂行しなければならない立場にあつたため本件行為を余儀なくされたものと認めることができ、また本件発生後いずれも本件当時の役職を去るなど本件の捜査公判を通じてかなりの社会的制裁をうけたことに加えて改悛の情も認められる等諸般の事情を考慮して、被告人らに対してはいずれも刑の執行を猶予することとした。

よつて主文のとおり判決する。

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